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一体なぜここだけが、直線で幅が広いのか。やはり戦争中の米軍か日本軍の滑走路の跡だろうか…
非常に気になるので調べました。
実はここ、琉球王朝時代から続く、伝統的な沖縄競馬の競馬場だったのです。当時の名称は「平良真地(てーらーまーじ)」または「平良馬場」「大名馬場」。
沖縄有数の規模を持っていたこの競馬場では年に数回、首里城近くの「崎山馬場」に沖縄中から優秀な馬が集められ、国王と一緒にこの競馬場までパレードし、ここで丸一日かけて競馬を楽しんだとの事です。
古くからの沖縄の競馬は「んましゅーぶ」と言い、現在の様にサーキット状のコースで行われる物ではなく、直線を駆け抜ける、独特の競馬だったようです。
当時ここを、琉球国王やお付きの方々、全島からの見学者達が見守る中、沢山の馬が疾走していったそうです。
滑走路のアテは外れましたが、琉球王朝の名残がまだ、形を変えながら今でも残っている事に、何か古のロマンというものを感じてしまった初夏の一日でした。
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