旧日本陸軍石嶺飛行場


(1945年12月10日 米軍空撮)
(空から見た沖縄戦 沖縄戦前後の飛行場 より)

この飛行場は、今の那覇市首里石嶺町3〜4丁目にかけて、1944年夏頃から建設が始まったそうですが、未完成のまま、45年3月に放棄されていたという、陸軍の秘密飛行場だそうです。

右の地図、汚くて申し訳無いのですが、赤で東西に書いた線が、現在の石嶺本通りです。左の写真で東西に横切る道です。
右の地図、南北に下りている道が、左の写真の真ん中、細い一本の線ですが、飛行場は、地図でいえば、だいたい、地図の「首里石嶺町」と書いてある所ではなかったかと思われます。

これが南北に延びる道です。今でこそ一般道扱いですが、戦前は、旧県道2号線という幹線だったそうです。
もちろん今でも、首里と郊外を結ぶ道として、かなりの交通量があります。
飛行場建設予定地だった所は、現在は住宅地が広がっており、かつてここが、田畑が広がり、そこを飛行場にしようとしていたなど、全く想像もできません。

 
 
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