陸上自衛隊が、普段、いかに県民の為に危険なミッションについているかを物語る碑です。
「波濤を越えて」 「昭和47(1972)年12月6日、一機の自衛隊機が、粟国島の急患を搬送するため那覇空港を飛び立った。陸上自衛隊第1混成団101飛行隊の沖縄県における第1回の急患空輸である。以来、風雨、暗闇等の悪条件下で飛ぶことの恐れ、怖さを克服しながら昼夜を問わず島々に飛んだ。しかし、平成2年2月17日に恐れていた事故が起きた。深夜に急患を搬送するため、宮古島に向かった自衛隊機が遭難し、3名の自衛隊員と添乗の医師がその尊い命を失った。 天候や時間に関係なく発生する急患。その救助のため、危険と隣合わせの任務を遂行し、日夜献身的に地位住民の健康や医療に貢献されている陸上自衛隊第1混成団に対し、衷心より敬意を謝意を表するとともに、殉職された自衛隊員と医師の慰霊と鎮魂の意味を込め、ここに碑を建立する。 平成14年10月18日 沖縄県離島振興協議会」 |