仲よし地蔵

石川市の市立宮森小学校に有るレリーフの地蔵様です。

1959年6月30日午前10時40分 嘉手納基地所属の空軍機、F100ジェット戦闘機が、2時間目の終了した後のミルク給食の時間が始まる頃に、この宮森小学校直前に墜落。爆発炎上し、飛び散った機体が学校校舎を直撃。死者は小学生11名、一般の人6名の計17名、重軽傷者220名余りを数え、住宅27戸、公民館1棟、校舎3教室を全焼。住宅8戸、校舎2教室を半焼させる大惨事を巻き起こしたそうです。
当時のF100戦闘機は、台湾で整備が終わり、トラブルが有るとの報告を受けながら、当日10時36分、テスト飛行の為嘉手納基地を離陸し東シナ海方面へ向かう途中、真栄田岬上空でエンジントラブルが発生、パイロットが引き返そうとしたが、嘉手納基地に降りずに太平洋へ向かえとの管制の指示に従い、具志川上空で安全な場所に機体を投棄し、パイロットはパラシュートで脱出、無人になった機体は、具志川市上空から太平洋に抜けるだろうとのパイロットの予想に反し、途中旋回して石川市宮森小学校へと向かってしまったそうです。

この地蔵は、当時犠牲者を鎮魂する為に、武者小路実篤氏から寄贈されたものだそうです。

なお、当時この学校で事故に遭遇した児童は、中学生になっても、間近でジェット機のエンジン音が聞こえると、机の下に潜ったりするなど、今で言うPTSDの症状が見られたとの事です。

私、この様な事故が有った事は、沖縄に来るまで知りませんでした。

★石川市立宮森小学校
http://www6.ocn.ne.jp/~miyamori/

 
 
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