沖縄初の民間放送局、RBC琉球放送です。琉球放送という名前でありながら、ニュースソースは沖縄タイムスです。 1950年、米軍の「琉球の声」AKARが放送を開始しますが、これは試験的な放送局だったらしいです。 1954年に、首里の琉球大学構内に作られたスタジオからコールサイン KSAR、周波数740MHzでラジオ放送開始。 琉球大学から放送というと、何か学生のやってる同好会の様な感じも受けますが、実際は、米軍側の放送局の担当部局が教育も兼ねていた為に、大学の敷地にスタジオを作ったという事らしいです。 1954年に米軍は琉球大学財団に設備、局舎一切を譲渡し、財団側は自主財源の一つとして、スポンサーを募り、商業放送を開始。その際に財団から運営委託を受けたのが琉球放送でした。 1955年、在琉米軍人向けの琉球放送英語放送局、KSBK放送開始。この局は駐留する米兵のリクエストに応えて、最新の米国ヒット曲をガンガン流していた為、沖縄の、特にコザの若者には大人気だったらしく、後のオキナワンロック形成に大きな影響を与えた様です。 1958年、琉球放送が琉球大学財団より全施設を買収し、名実共に琉球放送の放送局となります。 1960年、KSAR−TVを、US12chにて放送開始。当時からTBS系列だったらしいです。 1972年、沖縄の日本復帰に伴い、コールサイン日本語放送JORR、英語放送JORO、テレビ放送JORR−TVにそれぞれ変更、ラジオ放送の周波数はそのまま、テレビはUS12chと日本の10chは同じ周波数(映像205.25MHz、音声209.75MHz)でしたので、実際は全く変更無くそのまま日本の10chとなったそうです。 翌年JOROが閉局し、途中ラジオ周波数変更を経て、現在に至っているそうです。現在のラジオ周波数 738khz。
★琉球放送 http://www.rbc-ryukyu.co.jp/
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