|
米軍が戦後作ったとされる小型飛行場、瑞慶覧飛行場です。 小型飛行場については、資料も地図も見あたらず、今のところ、唯一、琉球政府発行の米軍水道施設図にその痕跡が見られます。 航空写真を見ていくと、1945年、1946年の米軍の航空写真では、はっきりと写ってますが、47年以降の写真ではだんだんと使われなくなった様な感じを受けてきます。1962年の写真は、丁度キャンプフォスターの建設が終わりつつある段階で、飛行場の痕跡は殆ど判りませんでした。 写真からいくと、戦中、戦後に応急的に作られた飛行場で、すぐに放棄されてしまったものでしょう。
赤が汚水管、青が上水管の様ですが、その、北谷ポンプ場から下に延びている青線は、現国道58号線と同じ場所を走っています。 58号線の左、普天間川の河口、上に見える長い四角の表示は、ハンビー飛行場を表しています。 で、右側、湾曲した青線の左に、もう一つ長い四角形の表示が有りますが、航空写真と照らし合わせると、これが、瑞慶覧飛行場跡の様です。 右の図は、復帰直後のキャンプ・ズケランですが、飛行場が有ったあたりは、「ZUKERAN
PARADE FIELD」になってます。 |